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台湾の建築雑誌「建築師」への寄稿
TAIWAN ARCHITECT
2012-04-12
「建築と自然との繋がり方をデザインする」

東京と軽井沢という二つの場所
 東京から新幹線で1時間強の場所に「軽井沢」という場所がある。ここはもともと暑い夏の東京を脱出して、涼しい別荘地として開発が進み、現在でも別荘地としての需要が非常に多い場所だ。また、東京から日帰り圏内ということもあり、アウトレット商材を中心とした商業施設の誘致も大きく行われている。それでも飽和状態にある東京の商圏から考えると、ちょっと離れた場所ではあるけれど、高速鉄道で1時間しか掛からず、しかも冷涼で気候の中、綺麗な空気を吸いながら、安く買い物が出来るとあって、若い人を中心に大きな人気を博している。
 私は自分自身のキャリアのスタートは、この軽井沢の地で別荘、つまり「ウィークエンドハウス」を計画することから始まった。東京という場所に住み、東京で自身の事務所を営みながら、軽井沢という場所の特性とクライアントの要求を重ね合わせていく作業を、15年前、大学院を出たばかりの新人建築家が始めた訳である。
 軽井沢の気候は夏は涼しく、冬はマイナス10度以下になる。つまり元々、日本の古建築に見られる「夏の通風性能」よりも、「冬の寒さ」への対策が非常に重要となる。ただ、明治に始まった軽井沢の開発は当時、夏の避暑のために始められたこともあり、別荘建築は当初より「サマーハウス」として、つまり夏の間だけ快適であれば良いというスタンスで建築されていた。当然、当時より利便性が飛躍的に向上し、通年利用が可能になった現在、当時の別荘建築で冬を過ごすにはとてもとても寒くて耐えられない。そして今、建材が非常に高性能になり、快適な生活に大きく寄与しています。特に二重ガラス(ペアガラス)の大きな普及は特筆すべきであろう。このペアガラスのお陰で、そしてペアガラスの製作限界面積の増大は、別荘地がもつ環境の良さ、つまり自然の中の開放感や緑に囲まれた爽快感を、建物の室内にまで運んでくれるようになった。寒い冬でも、ペアガラスを通して自然の風景を満喫できるという訳だ。
 現在では、暖房を中心とした設備装置の性能向上もあって、別荘は通年利用を前提とした計画が当たり前となっている。特に床暖房を中心とした「蓄熱型暖房設備」「輻射熱型暖房設備」はもともと有用なものとして計画されてきていたが、近年のITやネットワーク利用の進展のお陰で遠隔地でも操作することが可能となり、床暖房の最大の弱点であった「スイッチを入れても室内が暖まるまでに何時間も掛かる」という問題が、自宅を出発する前に別荘の床暖房を制御しておくことが可能となった。今までは別荘に到着しても、部屋が暖まるまではコートを脱げないという笑い話のような状況であったが、現在では到着したら既に部屋は暖かいというのが当たり前となっている。
 また、軽井沢を建築の地として居をもとめるクライアントにとって、交通の利便性は非常に大きな問題であった。明治初期に開発が始まった軽井沢であるが、当初は外国人の避暑地としての利用が中心で、山間をのんびりと電車で走り、東京からでも何時間も掛けて到着していた。一度別荘に来たら何日も、時には何週間もステイして、暑い東京を離れて涼しい夏を楽しんでいたのであろう。いまでは高速鉄道の他、すぐ近くまで高速道路も敷設されており、クルマを運転して来るとしても東京から2時間もあれば到着する。利便性という意味でもこの場所が通年利用が可能な場所に変わりつつあるということが、軽井沢の地が近年の別荘地需要に対して大きく有利に働いたということが言えるだろう。
 一方、私の住む東京では年々上がっていく夏の平均気温に悩まされている。今年の7月を例に出すと1960年頃に比べて約3度も平均気温が上昇しているのだ。たった40年で4度の上昇は生態系にも大きく影響していると言える。現にこの数年、夏の夕方に関東地方の各所で東南アジア諸国に見られるようなスコールが起きている。このスコールだが、日本の夏の風物詩だった「夕立」とは全く違った異質なもので、その瞬間的な降雨量は破壊的であり、一瞬にして道路に埋設されている雨水管や側溝を満たしてしまい、溢れ出た雨水は交通機関を足止めにしてしまう。私たちがいま見ている東京の気候はもはや「温暖湿潤気候」というよりは「亜熱帯気候」と言って過言では無いだろう。
 この二つの全く性格の違う場所、東京と軽井沢に、私はこの原稿を書いている2011年10月までに20件近くの住宅を設計してきた。その一つ一つはクライアントとの充実した打合せによってこの世に生み出されたものであり、また、特に軽井沢ではその気候や特性を私なりに「形」にしてきた。そしてここ何年かで気付いたことは、軽井沢の建築仕様は、実は大きく気候は違えれどそのまま東京での住宅建築のスタンダードに成りうるということだ。その理由には上記に挙げられるような設備の高度化、そして高機能建材の普及が大きな要因となっている。寒さも暑さも、見方を変えれば同じようなものであり、快適な生活のための環境計画という意味において建築家の役割とはつまり「環境の平準化」と言える。できるだけニュートラルな室内環境を作り上げるという意味で、全く環境の異なる場所の建築が同じような設備計画、材料設計の方向性で重なってくるという事実は誠に興味深いことと言えよう。
 しかし、このような高機能建材で気になる事件も起き始めている。上記で例に挙げたLow-eガラスだが、とにもかくにも採用となると、実は大きな問題も抱えている。例えば東京から北に遠く離れた仙台市に、青葉通りというケヤキ並木で有名な街路がある。近年、このケヤキが生育状況が悪く、その原因を探していた。増大していくクルマの交通が影響し、その排気ガスが原因なのか、などなど皆で検討を続けた結果、その理由のひとつに上げられたのが青葉通りの両側に建つオフィスビルの、そのガラスとしてLow-eガラスが採用され始めた時期とケヤキの生育が悪くなってきた時期がちょうど重なるということが判明したのだ。環境問題を真剣に考え、室内環境の熱効率を良くしようと採用したLow-eガラスであったはずなのだが、それと同時に室内へ入ってこなくなった熱は窓の外に反射され、両側をオフィスビルに囲まれた青葉通りに熱が溜まったのだ。両側立ち並ぶオフィスビルの多くにLow-eガラスが採用された結果、外部に滞留する熱の量が増大し、ケヤキの元気を失わせていったという事実。それは昨今の環境問題に対して、建築物そして建築界全体が出しす答として正しいのであろうか。ただ自分さえ良ければ良い、省エネルギー性能が高いから良いと、単純に言えないということだと私は考えるのだ。現にシンガポールでは、その熱反射性能が外気温の上昇に大きな影響を与えるとして、Low-eガラスの利用は禁止されていると聞く。
 実はこの青葉通りのケヤキ並木と同じことは、国土の狭い日本では所かしこで起きていると言える。それは空調機器の「室外機」である。狭い土地になんとか住宅を建てるも、室外機はその僅かに空いた隣地との間に置かれ、そこから吹き出す熱風が隣家の壁を熱していく。そしてその結果、隣家は室内の空調温度を下げて対応するという悪循環。建築が持つ「中」と「外」という概念が有る限り、このような構図は都市の公共空間でも、そして密集した住宅地でも起こっていくのであろう。私たちは建築をただ自分達のためにだけ建てて良い時代は終わったということなのだ。そして建築設備や建築建材を誰の為に用いていくのかということに、建築家としての矜持が問われていると考えるのだ。
 ここで一つの住宅をご紹介したい。軽井沢にて竣工した「深山の家(House in Miyama)」である。これは旧軽井沢地区を見下ろす別荘地の、東向き斜面に計画された住宅である。360度が自然に囲まれた敷地であり、9.9m×9.9mの正方形平面による、極めてプライマリーな立方体ボリュームによって計画されている。リビングは四周ともガラスで囲まれ、クライアントは室内に居ながらにして周囲の自然の中にいるような視覚を得ることが出来る。この住宅では日本の美しい四季を建築の中に取り込むことが可能となっている。
 この建築の最大のコンセプトは、リビング/ダイニングを中心とした「開かれた内部」と、その他の空間である「閉じられた内部」にて計画されていることであろう。「開かれた内部」はいわば立方体を「くり抜いた」部分であり、建築という「閉じた空間」の中において「開かれた場所」である。一方「閉じられた内部」、機能的には私室やサニタリー、書斎などであり、それらの空間はリビング/ダイニングからは見えない。そこに行くには室内に二つ用意された階段から上がり、リビング/ダイニングを取囲む壁の中に「入っていく」。つまりこの建築の計画意図とは、「開かれた場所」と「閉じられた場所」を意識的に横断させていくことにある。言うなれば建築空間とはただの「外」と「内」を隔てるだけに留まらない。そして上記のような「開かれた内部」と「閉じられた内部」というコンセプトを可能にし、視覚的に分け隔てているのが建築材料としてのガラスである。本計画では複層ガラスを用いて、住環境として成立するような環境設計を行っている。私たちは建築材料の可能性のお陰で、エドゥアルド・チリダの彫刻のような、ひとつの大理石の塊がノミによって切り込まれるだけで「空間」と化すイメージを「建築化」することが出来ると考えるのである。

自然との繋がり方
 最近竣工した建築のひとつが「豊田市自然観察の森ネイチャーセンター」である。これはトヨタ自動車で有名な愛知県豊田市にて計画され、建築設計競技にて選定された建築である。もともと豊田市は中京地区の工業地帯とはちょっと違った雰囲気を持つ場所で、豊田市中心地からクルマで5分も走ると、愛知高原国定公園に繋がる豊かな自然が広がっている場所である。この緑豊かな自然には今でも多くの動物が生き、多種多様な植物が生えている。
 この地域はもともと窯業が盛んな常滑市と至近にあり、昔は窯で陶器を焼く為に多くの薪が必要とされた。その薪のために人は森に入り、その自然の育成状況を確かめながら、木々の間伐を行っていた。木々を伐採することで森の生育が良くなっていくということは、今では非常に当たり前のこととして考えられているが、当時からそのような考え方は明文化されていた訳ではなく、きっと林業を営む人達の肌感覚で感じていたことなのであろう。しかし陶器を焼く為の燃料は石油系燃料に取って代わり、薪は必要とされなくなった。同時に起こったのは森の荒廃である。人が入って育った森、つまり「里山」は間伐を行わねば生き生きとした生命力を保持していくことが難しい。人間の営みにある産業の変化が、自然との繋がり方を変えてしまい、結果、今の私たちは「里山」を保全するために多くの努力を払わねばならなくなってしまったのだ。
 そのような自然との繋がりを再び取り戻す為に、そして市民へ向けた環境学習の場所として、この建築が計画された。森と繋がる「みち」を建築化するというコンセプトのもと、建築は緩やかなカーブを持つ2層のボリュームのよって構成されている。この2層のボリュームはカーブを反転させた状態で各々の頂点にて重ね合わせられ、中央の吹抜けスペースにて上下に繋ぐことで立体的な内部空間を構成している。各ボリュームとも内部空間と屋上を持ち、建物のどこからでも森の中へ出掛けていくことが可能な計画となっている。市民、そしてこの森へと学びに来る子どもたちは、この建物で教えを受け、学び、そして出発ロビーから森へと導かれていく。この建築は人を森へと導く「カタパルト」なのだ。
 この広大な森の先には、野鳥観察デッキや貴重な湿地帯に配された休憩所など「サテライト施設」と呼ばれる施設群も計画している。また、自然環境学習の展示内容や館内/森全体のサイン計画、散策コースの策定など、建築を取り巻く状況全体を設計サイドで計画を行っている。
 私は建築と自然との繋がり方をデザインすることが、現代の住宅において、そして広義における建築においても、その可能性を示すことになるであろうということを最後にお伝えできればと思う。(遠藤克彦)

関連カタログ
2010-04-12
豊田市の自然環境学習拠点の再整備のために計画された施設です。森と繋がる「みち」を建築化するというコンセプトのもと、緩やかなカーブを持つ2層のボリュームによって構成される建物を建築しました。